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北京で中国茶まみれ

北京で中国政府の発行する「中級茶芸師」の資格取得を 目指し勉強を始めました。 中国茶、中国茶芸に興味のある方、勉強している方、 したいと思っている方々と学習の過程を共有できればと思っています。

2026.08.07
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2007.11.02
第2課は、中国茶と茶芸の歴史です。
まぁ前回が自己紹介だったので実質的に今回が第1課なのですが。
あまり細かいことに拘っていたら中国茶は勉強できないと思います。
中国茶を勉強するという事は中国の文化、風習を理解する必要も
あるのではないでしょうか。そう、1時半から授業の筈なのに普通に2時から
授業が開始される事に慣れ、それを受け入れられるようにならねば、
中国茶なんて勉強してられません。どうかしたら2時半ぐらいまでお茶飲んで雑談してます。
いったい授業は何時に始まるのか。


中国茶的発展史(zhong1 guo2 cha2 de5 fa1 zhan3 shi3)

まぁ別に茶の歴史は勉強しなくても茶ライフを送る上での実害は無いと思われるでしょうが・・・
知っておいて損はないと思います。
まず中国の歴史をすごい大まかに勉強しましょう。

1.原始社会
(1).父系社会
(2).母系社会(結婚という概念の存在しない時代)
2.奴隷社会
3.封建社会(始皇帝の登場から始まり、孫中山が登場するまで)
4現代(孫中山=孫文の出現から今現在)


中国の歴史上、最初に「茶」に接触したのは神農氏だとされています。
古い文献にそういう記載が残っているからです。
因みに神農氏は、後に炎帝と呼ばれる、半分伝説上の人物です。
名前から分かるように農業の神様です。「鍬」を発明したのもこの人です。
要するに半分神化しているので、あんま詳しい事はわかりません。
現実的には、もともと姜という村の首長さんだったのではないかという説があります。
その人が神化していったのではないかと。この辺は深すぎてわかりません。
で、文献によると、その神農がある時、百種の草を食しました。草ですよ、草。
草とか拾って食べるなよ。と思うでしょうが、彼には彼なりの事情があったんだと思います。
で、草を百種も食べたわけですが、その内の72種類は毒草でした。当たりすぎですよ。
即死するだろうと思いますが、彼は死にません。
で、この時、神農さんは"荼"という植物を食べて、解毒したそうなんです。
この"荼"という植物こそが、"茶"であると後に解明されました。
これが中国の歴史上、茶の始まりです。でもまだ"茶"の字はありません。
この当時はまだ、"荼"と呼ばれてたんです。

じゃあ"茶"がいつ登場したかというと、これは西暦765年、唐の時代。
陸羽の<<茶経>>という書物に初めて"茶"という漢字が出現します。
漢の時代にも、商人が"荼"を売買する様子について記載した文献があるようですが、
"茶"の字が初めて出現したのは<<茶経>>です。
なお、この<<茶経>>という本は、茶人のバイブルと称される本で、
むっちゃ昔に書かれたものなのに、今でも通用するような、
茶の入れ方やら茶に適した茶器やらについて詳しく記されています。
そのへんはまたいつか。つーか自分もまだ少ししか読んでません・・・・。
一応自分は文学部なので、中国語の原本を制覇したいと思っています。
むしろ授業でこれやったら、熱心に授業聞くんですけどね。

奴隷社会の時代では、男が女に茶をプレゼントしていたようです。
当時,茶是一種貴高的東西(dang1shi2 cha2shi4 yi1zhong3 gao1gui4 de5 dong1xi5)。
さて、当時は、お茶は今みたいに飲むためのものじゃなくて、薬剤としての用途が
メインだったようです。そのため、熬(ao2)って食べていました。 ※熬(ao2)=煮詰める。
お茶には解毒作用がある事に人々は気付いていたようです。
中毒の際にはお茶を薬として用いていました。
その内、平常時に飲んでも、消化促進や精神を鎮める作用がある事に気付きました。
お茶は生活に欠かせないものと成り、冬でも食べれるようにするため、
保存手段として茶を乾燥させる術を身につけ、その手段が定着していきました。
因みにその当時の乾燥方法は、茶の樹ごとぶった切って、それを広げて干していましたが、
占有面積が広すぎて大量の茶を干せないので、茶葉のみを摘んで干すようになり、
更にはもっと小さくするため、今度は圧縮するようになっていきました。

これは正に、現代の茶の製造過程の原型といえるのではないでしょうか!?


次回は茶芸と日本の茶文化の始動について。
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2007.11.02
たかひるです。今日からブロガーです。これで名刺作れます。
takahiru.JPG


自分は北京の某大学で文学を専攻しているのですが、今学期は学業に微妙に余裕ができ、
中国茶の勉強を始めることにしました。
それも、ただ勉強するだけでなく 中国政府公認の国家資格「中級茶芸師」の
取得を当面の目標としました。学習を開始して1ヶ月が過ぎました。
12月に試験があり、それに通れば「中級茶芸師」の資格は得られます。
たぶん、この資格は普通に取得できそうです。
でも、まだ学習過程のくせに。既に中国茶の道はかなり奥深い事に気付きました。
ずっと勉強し続けなければ深層にたどり着けそうにありません。

このブログを始めた理由は、その中国茶を追求する過程を、
どうせなら皆で共有したい、自分が学習を通じて得た知識が
役に立ったらその方がよい、そういった事からです。
ブログで公開する以上、いい加減な事は書けないし、
そのために自分も緊張感をもって学習できるかなと思って。
中国茶や中国茶芸に多少でも興味のある方、好きな方、もう勉強始めてる方、
ぜひ一緒に茶レベル(新語)を高めていきましょう。


自分が中国茶、茶芸に興味をもったのは遥か老遠(lao3yuan3)の昔、
地元福岡で初めて、某ショッピングモール?内にある中国茶館(多分)に
行った時の事です。家族5人で行きました。よくわからんけど、なんとなく
中国茶に興味があった自分が、入ってみようと言ったのがきっかけだと思います。
なんせペットボトルの烏龍茶とかがもてはやされていて、幅を利かせていた
時代ですから(今も?)。興味をもって当然ですよ。なんとなく聞いたことのある
鉄観音」とかを頼んでみました。うおぉ高けぇ、とか思いながら。
まぁでも会計はお婆ちゃんなので、なりふり構わず取り合えず高いのを
頼んでいたような気がします。正直、その時の茶の味がどうだったのかは
覚えてません。でも、その茶館のなんともいえぬ雰囲気、そこで過ごした時間は
自分に好印象を残してくれました。中国茶器とか小物とか、カンフースーツとかが
そういうチャイナチックな物がもともと好きな自分ですから。
その時からずっと中国茶に対する興味が私の中でくすぶっていました。
それが今燃え上がり、中国茶学習へと向かわせたのです。

あの茶館で過ごした時間、そして茶館を去る時の店員さん(たぶん中国の人)の
一言が忘れられません。

そのシルクのシャツ、すてきね。とても高そう!」

その当時はまだ激若の年齢でしたから、ハデな光沢のあるシャツ着てました。
でも俺が着てるシャツの素材はポリエステルですから。
恥ずかしい思いをしました。自分だけならまだしもいい年して恥ずかしい目に
遭わされた家族の皆が不憫でなりませんでした。


それじゃあ失礼します。
2007.11.02
今後の更新予定(順不同)
理論課
1.茶の発展史
2.茶の種類(6大原味茶・4大加工茶)
3.茶の製造(緑茶・紅茶・白茶・黄茶・黒茶・青茶(烏龍茶))
4.水
5.茶器(各種茶器・紫砂壷)
6.保存方法と変質

実践編
0.低質の葉と高質の葉の見比べ方・基本
1.緑茶編。高級龍井茶と低級龍井茶の見分け方。
2.紅茶編。
3.烏龍茶(主に鉄観音)編。
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たかひる
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男性
職業:
北京の大学生(文学部)
趣味:
中国茶・旅行
自己紹介:
北京で文学部に在籍中。
中国茶の勉強を開始しました。
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